トカトントン

 私は、太宰治の作品が好きである。

新潮文庫ヴィヨンの妻の中に集録されている短編でトカトントンといいう作品が

非常に面白い。

『拝啓。一つだけ教えてください。困っているのです。』という冒頭で始まる作品です。

作者はなにに困っているのだろうと?冒頭から興味を持つことになる。

読み進めていくと、何かしようとやる気が出た時や、お疲れ様でしたと頭を下げた時、など様々な場面で時折トカトントンという音が聞こえてくる。

その音が流れた途端に、虚無感に襲われる。という話である。

かなり大雑把に内容を説明したが、面白いのでぜひ手に取っていただきたい。

 

私は20代前半で、すごくこの作品のトカトントンに近い虚無感に襲われることがある。

何を楽しみに生きているのかや、生きている意味は何なのか、働く意味わ?など

極々身近な当たり前にしていることに疑問を感じる。

そしてすべてニヒリズムに結びつくので、大変この作品の作者の気持ちに共感するところが、少しでもあるように感じる。

太宰治は、人の考えの暗い部分に光を当てた作家だと感じる。

 

新潮文庫ヴィヨンの妻には沢山の短編が入っているので読みやすくおすすめです。

 

ヴィヨンの妻 (新潮文庫)

ヴィヨンの妻 (新潮文庫)

 

 

誕生日

親父はオカンの誕生日に毎年お祝いをしている。

兄貴も子供の頃からよくオカンに対してお祝いをしていた。

今では遠いところに住みながらお祝いの品をを送ってくる。

 

自分はオカンに対してお祝いをしたことがない。

初任給もらった時ですら何もしなかった。

 

誕生日ってなぜ祝いあうのだろか?

物心ついた時から違和感しかなかった、なぜ人は祝われると嬉しい顔をするのか?

 

私は自分自身の誕生日が嫌いだった、なんの理由もなく生まれただけの日を

特別扱いされ、誕生日以外の日がちっぽけに見えた。

 

とりあえず、反感を買わないように『おめでとう』と言われると『ありがとう』と繰り返しているに過ぎなかった。

まるで機械よりも心がないかのように・・・・

 

自分は人より物事をはっきり述べるタイプだ。

しかし今回のように自分自身を隠して道化していることがある。

また、無意識に相手に反感を買わないように行動・発言していることがある。

 

これは一種の自己防衛なのだろうか?